号外
雲州日日新聞
UNSHU NICHINICHI SHIMBUN
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市電五五五号線
市電
あす最終運行
五十五年 まちを縫った二両
雲州市交通局は二十二日、市内を東西に結ぶ市電五五五号線について、二十四日の運行をもって全線を廃止すると発表した。開業から五十五年。沿線の人口減少と車両の老朽化が理由で、最終運行は二十四日午後十一時十二分、中町発の下り最終便となる。
同局によると、五五五号線は一九七一年、市街地と港をつなぐ足として開業した。最盛期の一九八三年度には年間延べ四百二十万人が利用したが、二〇二五年度は五十一万人まで落ち込んでいた。現存する二両はいずれも開業時から走り続けており、部品の調達が困難になっていた。
交通局の戸倉 史郎局長は会見で「代替の路線バスは本数を増やして対応する。市民の足を細らせるつもりはない」と述べた。一方で「五十五年、毎朝この音で目を覚ましていた方がいることも承知している」と言葉を選んだ。
最終日の二十四日は、始発から終便まで全便を無料とする。中町電停では午後八時から見送りの会が開かれ、車庫では車両の一般公開も予定されている。二両のうち一両は、市立郷土館の前庭に静態保存されることが決まった。
沿線で五十年間、理髪店を営む大西 みつさん(八一)は「うちの店は、電車の音で時計を合わせてきた。明日からは何で合わせたらええんかね」と話した。
(社会部・井上 珠子)
五五五号線 全十四電停
路線図=雲州市交通局の資料をもとに本紙作成。総延長八・二キロ、所要三十一分。
五五五号線のあゆみ
- 一九七一
- 港前―中町間が開業。二両で運行を開始する。
- 一九七四
- 山手車庫まで延伸し、現在の全線となる。
- 一九八三
- 年間利用者が四百二十万人。過去最多を記録。
- 一九九一
- 車体の塗色を、現在の朱と生成りに変更。
- 二〇〇四
- 台風で桜橋の軌道が冠水。四十日間の運休。
- 二〇一九
- 沿線の中学校が統合。通学利用が半減する。
- 二〇二五
- 年間利用者が五十一万人。廃止の検討が始まる。
- 二〇二六
- 七月二十四日、最終運行。五十五年の営業を終える。
数字でみる五五五号線
- 八・二キロ 総延長
- 三一分 全線所要
- 一四電停
- 二両 現存車両
- 五五年 営業期間
沿線から
「発車のベルが、うちの目覚まし時計でした。明日からは静かになる。それが少し、こわい」
中町 谷口 和子さん(六八)
「高校三年間、この電車で通いました。窓から見た港の朝日は、いまでも思い出せます」
工業高校前 笹本 徹さん(三四)
「バスは坂を上ってくれるので、正直こちらのほうが助かる。さみしいけれど、それは別の話です」
山手三丁目 石渡 ふみさん(七九)
最終日のご案内
- 全便無料/七月二十四日 始発〜終便
- 見送りの会/中町電停 午後八時〜
- 車両一般公開/山手車庫 午前十時〜午後四時
- 記念乗車証/各電停で配布(数に限りがあります)
問い合わせ=雲州市交通局 〇八五二(〇〇)〇〇〇〇
社説 ― 音が消える日に
五十五年というのは、人ひとりが生まれて働き、子を育て終えるほどの長さである。その間ずっと、同じ軌道の上を、同じ二両が往復してきた。市電が消えるという知らせに、多くの市民が言葉を探しているのは、そのためだろう。
採算だけを見れば、廃止はやむを得ない。年間五十一万人という数字は、一日あたり千四百人にすぎない。行政が代替バスを増便すると言うのなら、移動の手段としては足りるのかもしれない。
ただ、まちの記憶は路線図の上には載らない。発車のベルで時計を合わせ、車窓の順番で季節を知る。そういう覚え方をしてきた人が、この沿線には確かにいる。失われるのは移動手段ではなく、まちの共通の目盛りである。
静態保存が決まった一両を、ただの置き物にしてはならない。扉を開け、座席に座れるようにしてほしい。音は消えても、座り心地は残せる。それが、五十五年に対する礼儀ではないか。
本日の紙面
- 一面市電、あす最終運行/五十五年の営業を終える
- 二面代替バス、七系統を増便へ 交通局が時刻表を公表
- 三面沿線の商店、客足に不安 「電停の名前は残して」
- 四面写真特集 五五五号線、最後の一週間
- 五面読者投稿 わたしと市電(三十七通)
- 六面社説/音が消える日に *本号に再録
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